プロ野球は再開が決定なのに高校野球は中止「なぜ?」3つの理由を解説。 – わかぶろぐ

プロ野球は再開が決定なのに高校野球は中止「なぜ?」3つの理由を解説。

やさしく解説シリーズ
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プロ野球と高校野球の3つの違い

 

プロ野球の再開が報じられるタイミングで、一方の夏の高校野球=甲子園の中止が報じられました。

これを受けて高校野球ファンや一般の高校野球関係者はひたすらに高校野球の開催の再考を訴えています。

そのお題目は以下の通り

訴えのお題目プロ野球が無観客で開催可能なら高校野球も開催できるはずだ!

 

とこのような考え方で「できる事なら」と再考を促しているのです。

しかしながら、プロ野球と高校野球では全く違う部分が3つあります。

それが以下の事柄です。

プロ野球と高校野球の違い1.責任の所在
2.管轄の違い
3.仕事と学業の違い

 

このような違いから「プロがやるから・・」と言えども開催を決定できない理由が発生するのです。

 

1.責任の所在

 

プロ野球は個々に球団から報酬をもらう事でやっています。

報酬をもらうということは基本的に球団や、その球団にお金を出し支援する企業などの意向に沿うように行動することが求められます。

それにそぐわないようなら退団し、別の球団から引き取ってもらうしかなく、どこにも引き取って貰えなければプロとして野球ができなくなってしまうわけです。

そういうことを踏まえればプロ野球選手は新型ウイルスが感染してしまった時点で、自分の居場所どころか球団の存続も自分一人の責任でなくなってしまう可能性を共にしてしまうリスクを個々に背負っていることになります。

 

一方で高校野球は学業の一環としての部活としての位置付けになります。

当然、責任の所在は選手やその両親ではなく、監督であり学校長や理事長であり教育委員会であり公立校ならば文科省になるわけです。

もし感染者が選手や監督や観客に出た場合、その責任はそのシステムの長になるわけで、今回の新型ウイルスの性質上100%それを阻止する術はまだハッキリとはしていない状況下では「責任をとる」という事とは掛け離れたところで一か八かという形での不明瞭な責任範囲での管理しかできなくなります。

その中で選手に個人管理の責任行動を促すことは難しく、監督や校長すら十分な感染防止策を説明できない状況下では開催してもリスク分散すら難しい事から、「プロはできるが、高校野球はやるべきではない」という答えに行き着くしかなかったのです。

 

2.管轄の違い

 

高校野球は先ほど、「公立校ならば文科省が・・」という事を説明しましたが、ちょっとごちゃごちゃした中での管轄の違いが存在します。

プロは当然管轄は「企業」という事は明確でしょう。

では高校生=アマチュアはその体制をどこが統括しているのでしょう?

最近ではよく耳にしたのはボクシングや新体操なんかで騒ぎの際に出てきた「スポーツ庁」。

水泳金メダリストの鈴木大地さんが管理してるところですね!

アマチュアスポーツの統括管理は基本的にこのスポーツ庁が主になってまとめています。

先ほど紹介した「文科省」はそのスポーツ庁をまとめる所という事になりますが、基本的にはスポーツ庁に管理を任せて文科省が後方支援する形になります。

「政治の上で」のみ国会なんかの責任の所在で野党なんかが追求する場合はスポーツ庁長官ではなく文科省を統括する大臣が責められる事になります。

プロを雇っている球団である企業では担当者が責任を持って管理し、失敗すればその人が責任を取り、報酬を交渉し受け取っている個人事業主であるプロ野球選手が同時に責任を負い処分を受けますが、アマチュアスポーツで学業の最中である高校野球の選手は基本的に責任の所在は、教育を施している校長と政治責任を追及される文科大臣という事になります。

政治的に考えれば、政権与党の党員が文科大臣を勤めている場合、何かあった時の野党の反発を考えれば、簡単には大きなリスクを背負って自分たちの政治家としての居場所がなくなる可能性すらあるのに、「かわいそうだから高校野球をやらせてあげて!」とは誰も言えないでしょう・・。

 

3.仕事と学業の違い

 

唐突ですが、プロとはなんでしょう?

「それを生業として生きていく人たち」

こういう人がプロです。

プロ野球選手は「野球をしないと生活ができない人たち」なのです。

対してアマチュア選手はどうでしょうか?

「何かを趣味としてやっている人たち」

こういう人がアマチュアです。

高校野球でプロを目指している高校生も本分は「学業」。

野球はその次の「趣味」という事になるのです。

冷たい言い方になりますが・・。

趣味に社会的に大きなリスクのある行動を後押ししてまで強行する意味があるでしょうか?

世界的にパンデミックの宣言中である今、リスクをある程度無視して

 

高校野球ファン:「かわいそうだから対策するので野球やらせてあげて!」

文科省:「そうだね!思い出作るためにやらせてあげよう!」

 

なんて事になったら世界はどんな反応をするでしょうか?

 

「日本はパンデミックよりも思い出づくり!」

なんて題目のニュースが飛び交って日本人全体と日本政府が国際会議の場で馬鹿にされるかもしれません。

そう考えると、「プロ野球は選手の生活があり日本経済をプラスにする効果がある」という題目を堂々と掲げられるプロ野球のみが承認される理由が通るのではないでしょうか?

 

最後に

 

本来の不況やらの理由であれば高校野球が中止となれば、

「募金でもなんでもしてあげるから、なんとかやらせてあげて!」

と私も及ばずながらお手伝いするでしょう・・。

しかしながら、全国感染拡大の可能性、高校野球関係者や高校球児の命にすら関係のある事になれば話は全く次元の違うものとなります。

やはり「思い出より命」ではないでしょうか?

「若い人は感染しにくい」

という事が巷で噂になっていますが、決して若い人に感染しにくいわけではありません。

「感染しても感染しているように見えない事が多い」

というだけの事で、感染率が明確に出せないだけの話です。

現状では、感染が広がるほど、ウイルスが形態変異し、いろんな状況下に対応しやすくなっていっている事が言われています。

これまで「若者は重症化しにくい」と言われてきたことも、「若者も重症化する事が増えてきた」という風に世界では大きく症例が変わってきています。

今回の高校野球中止の決断は、私個人の感想としては「よくぞ苦しい中で英断してくれた」という気持ちで中止を断腸の思いで決断した方々へ称賛を送りたいです。

高校球児や総体出場を狙った全ての高校スポーツ選手には本当に気の毒に思いますが、今回の中止は未知に対する英断だと称賛する声が増える事を願います。

 

 

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